ユキさんは町の楽器屋さんにギターを買いに来ました。
ただ今月は,ほかにお金を使う用事もあるし,なるべくお手ごろなギターを買いたいと思っています。

でもこのお店,実は安いギターは客寄せのために置いているだけで,代わりに,あの手この手で高額なギターを買わそうとしてくるお店でした。

すみませーん。この3万円の中古のギターくださーい!

かしこまりました(お,この子お金持ってそう)。
あ,ちょっと準備するので,その間に,こっちのギターで遊んでみませんか?
別に買えっていうわけじゃないので!(フット・イン・ザ・ドア法:今回)

は,はい。
ってこのギター15万円!?
ま,まあ弾くだけなら・・・。
5分後―

どうでしたか?
すごくいい音で,弾きやすくなかったですか?
これだったら15万円でも高くないですよね!

そ,そうですね・・・(コミットメントと一貫性の原理:第2回)。

しかも,この持つところの滑りやすさが全然違うんですよ!
お姉さんが欲しがってた中古のギター,持つところガサガサですよね。
もう少し高いのを買わないと,結局手が痛くなって長続きしないと思うんですよね。
安物買いの銭失いになるのが,関の山かなって思います(損失回避性:第3回)。

ええ~!?
そういわれたら,なんか損ですね・・・。
うーん,でも私そんなにお金ないし・・・。

うーん。そうですよね・・・。
でもお客さんには,いいギターライフを送ってほしいし・・・。
よし!ここは僕が一肌脱いで,店長に掛け合って,この15万のギター安くしてもらうように頼んできます!
多少は自腹も切りますよ!(返報性の原理:第4回)

え!なんかすみません,ありがとうございます・・・!
10分後―

なんとか店長に何回も頭下げたら10万円に値下げしてくれました!
良かったですね!このギターがこんな値段で手に入るなんてないですよ!!(ドア・イン・ザ・フェイス法:第5回)

そ,そうですか・・・?
じゃ,じゃあ折角だから買います・・・。

毎度ありがとうございます!!
後日―

なんでこんな高いギター買っちゃったんだろう・・・。
今月支払いも残ってるのに・・・。
どうしよう・・・。
さて,上の店員さんの発言のひとつひとつには,高額商品を買わせるための工夫が仕込んであります。
この 「悪徳商法に騙されない心理学」 では, 悪徳業者やセールスマンの手口を心理学的に解剖して,明らかにしていきます。
手口がわかっていれば,騙されたり誘導されたりすることを防げますね!
今回は,フット・イン・ザ・ドア法と呼ばれる手口と,それへの対策を解説します。
一度「YES」というと人は断れなくなる
みなさんがもし,上のユキさんだったらどうですか?
「試し弾きはやるけどお金が掛かるなら手を出さない」
という風に考える方が多いのではないでしょうか。
でも実は,タダのお願いを引き受けたとき,同時に,
お金がかかるお願いを引き受ける心の準備もしてしまっている
としたらどうですか?
実際に,こんな心理学実験があります注1)Freedman, J. L., & Fraser, S. C. (1966). Compliance without pressure: the foot-in-the-door technique. Journal of personality and social psychology, 4, 195.。
被験者の主婦は,「調査のために,5人程度の男性チームをあなたの家に上げて,家具を自由に調べさせてほしい」と,実験者からお願いされました。
普通,知らない人間を家に上げるだけでも抵抗感があるのに,家具を調べられるのは嫌ですよね。
しかし,お願いする前に「日用品に関する簡単なアンケート」を実施するだけで,家具を調べられることに同意した人が約2倍増加したことが明らかになっています。
これは,アンケートという小さなお願いを受け入れたことで,別の大きなお願いを受け入れやすくなってしまったことを示しています。

小さいお願いから:フット・イン・ザ・ドア法

この人の心理を利用した方法が,フット・イン・ザ・ドア法です。
これは,最初に小さいお願いをして,後から大きなお願いをぶつける方法です。
実際の悪徳商法でも,カフェに誘う,無料診断・無料体験を受けさせる,50円程度の低額商品を売るといったところから始まり,高額商品の成約へとつなげるパターンが多いです。

あ,ちょっと準備するので,その間に,こっちのギターで遊んでみませんか?
別に買えっていうわけじゃないので!

は,はい。
ってこのギター15万円!?
ま,まあ弾くだけなら・・・。
今回の店員さんも,「高額ギターを弾いてみる」という小さいお願いを受け入れさせることに成功し,結果的に「高額ギターを購入する」という,より大きいお願いを受け入れさせましたね。
フット・イン・ザ・ドア法への対策
では,このようなフット・イン・ザ・ドア法を使われたとき,私たちはどう対処すればよいのでしょうか?
おもに2つの方法が考えられます。
小さいお願いを受け入れることの影響を自覚する

1つめの方法は,自分がフット・イン・ザ・ドア法に影響されることを自覚しながら,小さいお願いを受け入れることです。
人は,自分がどのようなものから影響されているかを自覚すると,自分の行動をコントロールしやすくなります注2)Polk, K., & Schoendorff, B. (2014). The ACT matrix: A new approach to building psychological flexibility across settings and populations. Oakland: New Harbinger Publications.。
ですので,後で大きいお願いを聞きそうになっても,「これはフット・イン・ザ・ドア法の影響だ」と思いとどまりましょう。
そもそも小さいお願いを聞かない

2つ目の方法は,思いとどまる自信がない人向けです。
それは,「そもそも小さいお願いを聞かない」ことです。
あらかじめリスクを避けておくという方法ですね。
おわりに
さて,フット・イン・ザ・ドア法の解説,いかがだったでしょうか?
自分でも知らないうちに大きなお願いをOKする心の状態になってしまうなんて怖いですね。
もし悪徳商法やセールスなどでフット・イン・ザ・ドア法を使われそうになった場合は,この記事の対策法を思い出してくださいね。
では,また次回もお楽しみに!
- 小さいお願いを受け入れると,自動的に,大きいお願いを受け入れる心の準備もしてしまう
- これを利用して,小さいお願いを先に受け入れさせる手法が,フット・イン・ザ・ドア法
- 具体的には,カフェに誘う,無料体験をすすめる,低額商品をすすめるなどの手口がある
- 対策として,フット・イン・ザ・ドア法の影響を自覚することや,そもそも小さいお願いを受け入れないことが考えられる
※すべての心理学理論には個人差があります。
※本記事におけるアドバイスは,自己責任でご実践ください。
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注釈
コメント
商売には様々な心理学がつかわれているんですね?
商売上手な人はこういう心理学ってのを勉強しなくてもドンドン身につける心理学の天才なのかなぁ
野っ太郎さん,コメントありがとうございます!
そうですね。自分の商売経験から,一番うまいセールス方法を会得しているんでしょうね~
フット・イン・ザ・ドアなどの心理学の理論も,もともとは「商売上手の人が経験から使っている方法を,学問として理論化してみる」ってところから始まってることが多いです!
商売上手の人が経験から使っている方法を,学問として理論化してみる
なるほど、商売人の経験を後から体系づけて名前を付けたという事ですね!
返信ありがとうございます